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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)7号 判決

原告

中央教育放送株式会社(設立中)

代表者発起人代表

松下正壽

代理人

中村弥三次

被告郵政大臣

古池信三

指定代理人

坂井俊雄

外五名

主文

被告が昭和三八年一〇月一五日附で原告に対してなした、放送局開設免許申請拒否処分についての異議申立を棄却した決定は、これを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事   実<省略>

理由

原告が第一二チヤンネルによる科学技術教育を主とする教育専門局に該当する無線局の開設を企図し、昭和三七年八月一六日被告郵政大臣に対してその開設の免許申請をなしたところ、同年一一月一三日右申請を拒否せられ、更に昭和三八年一月一二日右拒否処分を不服としてこれに対する異議の申立をなしたところ、被告郵政大臣はこれを電波監理審議会の議に付し、同審議会は同年一〇月九日決定案の議決をなしたので、同月一五日被告郵政大臣は右議決に基づいて、別紙決定書写のとおり、右異議の申立を棄却する旨の決定をなし、その決定書は同月一七日原告に送達されたことは、当事者間に争がない。

原告は被告郵政大臣のなした右決定を不服として本訴においてその取消を求め、まず、右決定において判断の基礎となるべき確定された事実の記載がなされていないのは違法である旨を主張する。無線局開設免許申請の審査規準は電波法第七条第一項第一号ないし第四号に規定され、さらに右第四号の規定に基づく細目的準則として、郵政省令としての効力を有する放送局の開設の根本的基準(昭和二五年一二月五日電波監理委員会規則第二一号、以下根本的基準という。)が制定されていて、その第三条に、国内放送を行なう放送局の満すべき条件の一として、事業の計画の実施の確実性を有すること、第九条にその局の開設が放送の公正かつ能率的な普及に役立つものであることを掲げ、第一〇条において、放送局に割り当てることのできる周波数が不足する場合には、各条項に適合する度合からみて最も公共の福祉に寄与するものであることを定めている。前記被告郵政大臣のなした決定書の記載によれば、異議申立人である原告は、他の諸点と併せて、右根本的基準第一〇条の規定による原告と訴外財団法人日本科学技術振興財団(以下訴外財団という。)との間の優劣の比較判定について不服があり、電波監理審議会における聴聞の手続においてこれに参加した被告の指定職員との間で右判定を争い、電波監理審議会はその議決した決定案において、この点について、後記のような判断をなし、被告郵政大臣は前記決定においてこの決定案をそのまま採用したものであることが認められる。そして、右判断の説示の要旨は、下記のとおりである。すなわち、科学技術教育放送の確実な実施についての優劣の比較につき、非採算的性格の強い事項の実施という予測の問題として、確実性の根拠を具体的に示している側に優位を認めることは理由があるとし、また、放送の公正かつ能率的な普及への適合の度合の優劣比較については、科学技術教育放送の健全な普及発達を主要な観点とする立場から、事業実施の確実性があるものを優位に置くことは理由があるものとし、これらの理由に基づいて、結局異議申立人である原告の申請に比較して訴外財団の申請の優位性を認める見解を是認している。然しながら、右判断にあたつては、電波法及びこれに基づく省令、規則の規定によつて基準となるべき事項についての原告と訴外財団の双方についての具体的事実、すなわち、事業の実施の確実性については、これを比較するに足る、例えば、保有資金の量及び外部からの資金獲得の能否、程度、これに伴う工事費支弁能力についての保障の有無、業務運営に関する収支見積の現実性及び継続性の存否、程度等に関する事実、放送の公正かつ能率的普及への適合の度合については、これを比較するに足る、例えば、予定された放送の内容、編成当該地域社会への結合の程度、他のラジオ、テレビ、新聞等の事業からの支配介入の有無、これらの事項を綜合したチヤンネル、プランへの適合の仕方等に関する事実は、なんら確定されていない。従つて右判示は、その基礎となる事実を掲げず(右理由の記載に事実の確定がなされていないことは、被告も認めているところである。)、その個々について、或いは綜合的に比較検討した理由を明示することなく、結論的に、訴外財団の計画が優れていると一般的、抽象的な見解を表明しているに過ぎない。

電波法第八三条ないし第九四条の規定によれば、同法に基づく郵政大臣の処分に対して異議の申立があつたときは、郵政大臣はこれを電波監理審議会の議に付し、電波監理審議会は聴聞の手続を経たうえ、審理官の作成した調書及び意見書に基づいて決定案を議決し、郵政大臣はこの議決により決定を行ない、決定書には、聴聞を経て電波監理審議会が認定した事実を示さなければならないとされている。而して、同法第九九条は、これを受けて、電波監理審議会が適法に認定した事実は、郵政大臣の右決定に対する取消の訴について、これを立証する実質的な証拠があるときは、裁判所を拘束するものと規定している。一般の行政処分と異なり、電波監理審議会及び郵政大臣にこのような事実認定を明らかにすべきことを要求している理由は、形式的には、それが前記のごとく準司法的な手続によつているものであるから、一般の行政処分とは異なり、判決に準じさせる趣旨であり、実質的には、左記の二点にある。すなわち、(1)電波に関する事項は公共的であつて国民に影響するところが大であるから、その公平かつ能率的な利用を確保することによつて公共の福祉に合致するよう、公正に処分が行なわれたことを、国民一般にも、競願者にも十分なつとくさせる必要があること、(2)裁判所の審査を受ける関係においては、裁判所の審査の範囲を法律的なものに止め、専門的技術的な電波監理審議会の知識経験に基づく事実認定と判断とを尊重しようとすること、これである。ただ、この場合でも、申請に対し、これを免許するか拒否するかというような処分であるから、本質的に裁量的の性質を有し、適法、不適法についての判断をなす裁判の場合とは、自ら差異が生ずることは避けられないのは当然であるから、判決書において要求される事実と同一のものであることは必要ではないとしても、上記判示の趣旨に適合する程度の事実を記載する必要のあることは否定できないといわざるを得ない。他方この場合には裁判所は専門家によつて構成されている電波監理審議会の事実認定を尊重しなければならず、実質的証拠の有無のみを判断し得るに止まり、自ら証拠調をなして自由に事実の確定をなすことを得ないものなのである。すなわち、郵政大臣がなした決定の適否の判断に際しては、裁判所の審理は、電波監理審議会の適法に確定した事実について、その援用する証拠によつて理性ある人が合理的に考えれば、結局到達するようなものであるかどうかの点に限られているものというべきである。然るに、前記のごとく、本件においては電波監理審議会の認定した事実が決定書に示されていないのであるから、右に述べたような法律の規定に基づく適否の判断をすることができない。郵政大臣は、前記のごとく、電波監理審議会の議決により決定を行ない、決定書には電波監理審議会の認定した事実を示さなければならないのであるから、電波監理審議会の議決に事実の認定がなされていないときは、さらに事実認定を記載した適法な議決を求めるべく、このような事実の認定がなされないのに、その瑕疵のある議決をそのまま採用した場合には、たんに電波監理審議会が事実の認定をしなかつたとの理由のみで、自らのなす決定を適法化することを得ないものといわなければならない。

被告はこのような場合には、裁判所がみずから自由に事実を確定し、これに基づいて、被告郵政大臣のなした決定に表示された電波監理審議会の判断の適否を、判断し得るものと主張する。仮りに、その事実認定の資料を決定に先行する手続中において収集、作成された記録の範囲内に限定するとしても、このように解することは、専門的の知識経験については必ずしも十分でない裁判所が専門家のなした事実認定とそれに対する判断を具体的に知ることなくして、自由に事実を認定し、同時に、その当否の判断をなすことになる結果を是認することになる。このことは、事実については専門的の知識経験を有する行政機関の認定を尊重し、裁判所はこれを立証する実質的な証拠の有無についてのみ審査し得るに止めようとする規定の趣旨を没却し、法の精神を全く無視することになるから、採用し難いところといわなければならない。

然しながら、この場合電波監理審議会が認定した事実を探究し、決定書には記載されていないが、電波監理審議会が判断の基礎として認定した事実であつて、しかも、その具体的事実が当事者間に争のないものがあれば、その具体的事実に基づいて、これを前提として、その事実を立証するに足りる実質的な証拠の有無を判断することが許されるとも解される。本件の場合についてみれば、原告と訴外財団との事業計画などはそれであるが、それら以外にはこれを発見することができなかつた。当事者双方は、それぞれ本訴において種々の事実を主張しているが、判断の基礎となる事実については、ほとんどすべて相手方が争つている。原告は多くの証拠方法を提出してその主張事実を立証しようとしている。もつとも、人証については、訴外財団の予備免許期限が昭和四〇年五月末日で満了するから(この満了の事実は当事者の間に争がない。)右期間を徒過すると本訴を維持する利益を失い、本案判決を得られないことになるから、右期間内に本案の裁判を求めるため、すべてこれを撤回した。また、被告は決定案の議決が適法になされたことを立証するため、右議決に関与した委員の証人尋問を申出たけれども、当審においては、このような証拠方法によつて、電波監理審議会の事実認定その他が適法に行われたとの認定判断をなし得ないことは、上段で判示した電波法の解釈上明らかであるから、右申出は却下した。そして、当裁判所は、上記のような理由で、新たな事実認定をなすことは許されないものとする立場に立つから、双方の提出した書証及び被告の援用した証人赤塚相太の証言によつても、新たな事実認定をなすことは違法となるものと考えるから、あえてこれをしない。そうすると、上記のようなきわめて僅かな当事者間に争のない事実、すなわち当事者双方の事業計画のみでは、その事実が真実であるかどうか、その実現の可能性の程度、或いはいずれが上記免許の審査規準により適合するか等を判断することは、全く不可能といわざるを得ないし、また、原告の主張のように、具体的の問題を離れて、抽象的に株式会社が財団法人より優つているとの判断のできないことも、多言を要せず、明なところである。

上記の次第で、被告郵政大臣がなした前記決定は、結局その確定した事実に基づき適否の判断をなすに由ないものであるから、その他の争点について判断するまでもなく、違法となさざるを得ず、取消を免れないところといわなければならない。

よつて、被告郵政大臣がなした前記決定はこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。(村松俊夫 江尻美雄一 兼築義春)

添付・郵波法第四四九号決定<本件原告の異議申立を郵政大臣が昭和三八年一〇月一五日付で棄却したもの>=省略

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